ベートーヴェン「悲愴、第2楽章」〜 標題音楽と絶対音楽

ベートーヴェンの「悲愴」は大変有名で、メロディアスな主題がよく歌謡曲としてカバーされていますね。日本では平原綾香さんの「Sailing my life」が知られており、冒頭を聞けば「ああ、あの曲ね!!」となるのではないでしょうか😄


「悲愴」はベートーヴェン三大ピアノソナタのうちのひとつ

ベートーヴェンはピアノソナタを32曲も作曲していますが、その中でも

  1. 第8番「悲愴」
  2. 第14番「月光」
  3. 第23番「熱情」

は「ベートーヴェンの三大ピアノソナタ」と呼ばれています。

ベートヴェンには珍しい、本人による命名の曲

クラシックの楽曲のタイトルは後世につけられたものが流布していることも多く、作曲者当人がタイトルをつけない傾向が強いのですが、この「悲愴」は珍しくベートヴェン本人のネーミングです。

クラシックのタイトルって、番号ばっかりだなあ」って思ったことありませんか?

クラシック曲は曲の形式と番号が正式なタイトルであることが大半です。たとえば、「交響曲第5番ハ短調作品67」みたいなやつです。あの時代はあれが主流だったんですね。

「えー、覚えづらーい!

そう思うのは現代の私たちだけではなかったらしく、曲を売り出すにあたってキャッチフレーズとしてのタイトルをつけられた曲も、たくさんあります。作曲家の命名ではなく、後世の人がわかりやすさのためにつけたニックネームのようなタイトルが現代まで使われているものが多く存在します。たとえばさっき言った「交響曲第5番ハ短調」、実は「運命」(♪ダダダダーン、で始まるあれです)のことなんですが、これはベートーヴェン本人の命名ではありません。

でも「悲愴」は本人がこのタイトルをつけたのです。

曲タイトルに番号をつけるのが主流だった時代に、作曲者本人がわざわざ言葉を用いてタイトルを与える。このことにはそれだけの意味があります。「なんとなくつけたほうがかっこいいかと思って」とかではないんですね😁

「悲愴」は標題音楽だった

作曲者本人がタイトルを与えることの意味。それはつまり、「この曲はこの言葉がテーマなんです」という表明だったのです。

タイトルをつけるということは、「その言葉の持つ思いや心情、あるいは情景や雰囲気などを聞き手に想起させることを意図して描写した曲です」ということを表しています。

これを「標題音楽」と呼びます。

ベートーヴェンは「悲愴」という曲で、悲しく痛ましい気持ちを表現しようとしたんだな、ということが分かります。

現代に生きていればタイトルのついていない曲にはめったに遭遇しませんから、「標題音楽じゃない曲なんてあるのかなあ?」と思う人もいるかもしれませんね。

標題音楽の反対語は「絶対音楽」と呼ばれます。これは「物語やその他言葉で表されるような何かを、音楽という形を借りて表出しようとするものではなく、音楽をただ音楽として表現する音楽」といえるでしょう。音楽を純粋に音楽として楽しんでくださいね!とでも言いましょうか。ですから曲の形式や番号だけの無色透明なタイトルをつけてあるんですね。

この曲を作った当時、ベートーヴェンは耳が徐々に聞こえなくなっていく時期だったために、ともすれば「自分の耳が聞こえなくなる悲しみを表現している」と解釈されがちな面があるようですが、「悲愴※1悲しく痛ましいこと、深い悲しみ」というタイトルが表すように、ベートヴェンの個人的な悲しみというよりは、もっと一般的な、人間が深い悲しみにくれる様子を表現しています。悲しみに暮れ、時間が経過して一見穏やかに見えても、ふとした瞬間にまた悲しみが襲ってくる……そんな気持ちを想起させられます。


JPOPやCMに使われた「悲愴」

この記事の冒頭で触れたように、平原綾香の「Sailing my life」が有名ですね。映画「オーシャンズ」の主題歌になりました。

最近ではボートレース(競艇)のCMに使われています。

脚注

1 悲しく痛ましいこと、深い悲しみ